doppo読者の皆さん、こんにちは。國井光枝です。

コラム第2回目は、日々、介護保険業務に従事している中で感じることや気付いたことなどを、少し文章にしてみたいと思います。

 

先日テレビで、昔アイドルだった方が現在は介護の仕事に就かれていて、そのお仕事ぶりを放映していました。

実際の介護現場を目にしている私にとっては

「実情を知ってもらうために、もっと、どんどん放送してほしい!」

というのが、真っ先に出てくる正直な感想です。


ヘルパーの仕事というのは、大きく「身体介護」と「生活援助」に分けられます。
その仕事の内容によっては、「身体介護+生活援助」という混合型もあります。

 

「身体介護」というのは、利用される方の身体に触れるサービスで、車椅子への移乗・入浴介助・体を拭く「清拭」・食事介助・排泄介助(オムツ交換、トイレ介助なども)等々です。
気のゆるみが事故に繋がるので、身体介護は責任も重くのしかかってくるサービスです。

皆さんにとっても、介護の仕事としてイメージしやすいのはこちらだと思います。


「生活援助」というのはざっくり言うと、掃除・洗濯・買い物・調理など、在宅生活を継続する上で日常的に必要なサービスです。

その方の身体には直接関わるわけではないですが、その方が快適に生活するにあたっては大切なことなんです。

 

koro_kunii_20160115_1ですが国は、生活援助に関して、全く重きを置いていません。
おそらく机上で介護保険の仕組みを検討する有識者の方にとって、生活援助というのは暮らしていく上で、当たり前のようにこなしていくもの、とお考えになっているに違いない、と思ってしまうのです。

来春からは、有償ボランティアの方々の手を借りて、介護保険の家事援助サービスを減らしていこうという方針のようです。


私の事務所のケアマネたちも、この春からの制度改革について、

「きっと、お家に帰るとお風呂が沸いていて、黙っていてもご飯が出てくるような人たちが考えているんでしょうね。この制度改正は」

と不満たらたらでした。

 

とはいえ、このような制度改正によって仕事がスムーズに回るのかどうかは疑問が残ります。

というのも、決められた時間内に現場でケアプランに書かれた生活支援サービスをこなすのは、思った以上に大変な作業なんです。

(ケアプランというのは、ケアマネージャーが計画します)

 

例えば、掃除。

一口で掃除機と言っても、そのご家庭によって実に様々な掃除機があります。
そして掃除の仕方も、やはりご家庭によっていろいろです。
掃除機がご本人と同様 年代物であったりすると(失礼!)、吸引しているんだかどうだか、わからない物もあったりします。

(吸引しない掃除機なんて、掃除機じゃないですよー)
あまりに吸引しない場合は、事情を説明して新しい掃除機を買っていただくこともあります。


でも、現在のご高齢者は物が無い時代を過ごされ、苦労された方が多いので、買い替えも上手くお話していかないと、大事になったりします。
ましてご自身が掃除機を長い間使っていなかったりすると、その掃除機の状態さえ、なかなかご理解いただけない場合もあります。


お掃除の話が長くなりましたが、家事というのは、その家その家によって、実に多様なやり方やルールみたいなものがあって、例えば洗濯にしても、まず色物と白い物と分けて、全部裏返しにして・・・というようなご利用者様もいらっしゃいました。

(これは、ちょっと極端かも知れませんが)

 

その家のルールを無視して自分のやり方を押し通してしまうヘルパーは、利用される方からは、ちょっと敬遠されたりします。
なので、ヘルパーは、臨機応変にご利用者様の要望に沿うようにサービスを実施することが求められます。
なぜなら、介護保険制度は、「利用者本位」という前提があるからです。

 

ただ、今のサービスの傾向を見ていると、利用者本位とは逆行する方向に進んでいる気がします。

食事に関しても区の介護保険課からは、食事の調理より「配食サービス」を利用するよう促されます。

買い物も、自分で行って選びたいという方は多いのですが、なぜかヘルパーが買い物を代行するように言われていて、ご本人に付き添って買い物することはほとんど認められません。
(自立支援にならないでしょ、と思います)

 

願わくば、今の介護保険制度を考案された方々が、ご自分が介護保険サービスを受ける立場になったとき、「こんなはずでは!?」にはならないようにと切に思う今日この頃です。

 

このコラムの次の回を読む»

《このコラムの前の回を読む

 

國井 光枝 さん sj_20150820_kunii

有限会社うらら 取締役社長
介護福祉士
ヒプノセラピスト
語学の専門学校を卒業後、一般企業に就職。
3年目の夏、勤務していた会社が親会社から離れることになり、規模縮小に伴い希望退職を募ったのを機に退職。
渡米して、6週間ほど滞在。
夢にまで見たアメリカであったが、基本的に「生活」することは、どこにいても同じだと感じる。
この旅をきっかけに、自分の感情を素直に表現すること、つまり「自分を生きる」ことを理解し、この感覚が現在に至っている。
広告関係の仕事や秘書、コーディネーターなど、またIT企業での仕事を経験し40歳で結婚。
2002年の春、義父が病に倒れたことをきっかけに会社勤務の継続を断念。
2004年、夫と起業。
2006年、介護のうららを設立。
2010年、ヒプノセラピーを学び始める。
2013年に離婚、2014年から本業の傍ら、ヒプノセラピストとしてのミッションにも注力する。
「人のためになること」を目標に、日々の仕事に携わっている。