doppo読者の皆さん、こんにちは。國井光枝です。

第3回目となりました、このコラム。今回は、いささか(どころでは、ありませんが)おもーい気分になっています。
というのも、ますます国は「生活援助」を切り捨てていく、という方向性がよりはっきりしてきたからです。

 

そもそも、在宅生活を継続していくための、そして自立支援を促すための介護保険であったはずです。

(「・・・あった」すでに過去形)
この4月からの制度改正で、訪問介護で支援を担っている「調理」と「買い物」がヘルプ・サービスから除外されていく方向です。
国は「ヘルパーによる調理ではなく、民間の配食サービスを利用せよ」と言っています。

 

これまで介護の現場に携わってきて、「配食サービスを利用してみたけれど、飽きてしまった」という利用者の声を何度も耳にしてきました。

もちろん、今はコンビニでも、お惣菜やお弁当の配食を実施していますので、選択肢は増えました。


でもね、工場で作られた食品には限界があるのですよ。

 

koro_kunii_20160215_1私が最初に関わったご利用者様も、「配食サービスを利用してみたけれど、簡単なものでいいから、やっぱり人の手で作ってもらったものが食べたい!」と切実なことをおっしゃっていました。もう10年以上前になります。。。

 

つい最近も、買い物の手間を少し省略できるかもと、ご利用者様のほうで考えられ、配食を利用されていましたが、やはり何故か1ヶ月も続かず、では別の配食業者を・・・と変更されても、ひと月は持たずという結果でした。

 

日常生活を送るための身体機能が低下した方々にとって日々の楽しみとして、「食べる」ことは、残された楽しみと言っても過言ではありません。
(中には食に関心がない方もいますから、届けられた食事を日々黙々と召しあがっているという現実もありますが)

 

介護保険は、「利用者本位」という大前提があります。(これも既に過去形!?)
また、その方の生活の質(QOL=Quality of Life)を維持する、ということも、私はヘルパー講習で教えられました。

なのに実際は、それに逆行している・・・

 

国の予算を削減する目的での利用料の負担増額、事業者への介護報酬の減額などなど、利用される方にとっても、私たちサービスを提供する側にとっても、かなり事態は深刻化しています。

どこに向かっているの、介護保険!


これでは、法改正どころか崩壊への序曲と思えて仕方ありません。
「使ってください」から「使わせない」レベルへのシフトダウンを見ていると、この制度の未熟さと、制度を考える人たちの現場を知らない無智さ加減に右往左往させられていることの腹立たしささえ感じます。

 

テレビのドラマではありませんが、「事件は現場で起きている!」ことを声を大にして訴えたいです。
机上の空論では、いつまでたっても現実味は帯びてこないのです。
日本で老後を送るって、かなり難しいことのようだなぁ、と思います。
生活の質以前に、現金がなければ長生きもできません!?

 

今回かなりシリアスに、介護保険という制度が崩れる兆しを感じてしまっているのは、私だけなのでしょうか?

でも今の40代は、老後を自力で生きる覚悟を持ったほうが良いように思います。

 

※本コラムは今回で最終回となります。ご愛読ありがとうございました。

 

《このコラムの前の回を読む

 

國井 光枝 さん sj_20150820_kunii

有限会社うらら 取締役社長
介護福祉士
ヒプノセラピスト
語学の専門学校を卒業後、一般企業に就職。
3年目の夏、勤務していた会社が親会社から離れることになり、規模縮小に伴い希望退職を募ったのを機に退職。
渡米して、6週間ほど滞在。
夢にまで見たアメリカであったが、基本的に「生活」することは、どこにいても同じだと感じる。
この旅をきっかけに、自分の感情を素直に表現すること、つまり「自分を生きる」ことを理解し、この感覚が現在に至っている。
広告関係の仕事や秘書、コーディネーターなど、またIT企業での仕事を経験し40歳で結婚。
2002年の春、義父が病に倒れたことをきっかけに会社勤務の継続を断念。
2004年、夫と起業。
2006年、介護のうららを設立。
2010年、ヒプノセラピーを学び始める。
2013年に離婚、2014年から本業の傍ら、ヒプノセラピストとしてのミッションにも注力する。
「人のためになること」を目標に、日々の仕事に携わっている。