正直なところ、私、父を介護する気は全くなかった。

 

もちろん、自分の親が年を取らないとか、自分の親は大丈夫とか、そんな風には露ほども思ってはいなかったが、何より介護に関わる仕事をしている中で、どれだけそれが大変なのか、よくわかっていたからだ。

 

だからもしそのような状況になったら、しかるべき施設などに入ってもらい、好きなように人生を全うしてもらうつもりでいた。

 

もちろんお金が有り余っているわけではないので、早め早めに父の年金で賄える公的な施設を探すなり、遠方でも東京から通える範囲で施設を探すなり、そのうちに、どんなふうに余生を送りたいか話し合うつもりでいた。元気なうちに。

 

ところが、ところが、そうはいかなかった………。

 

父が病気で倒れたのだ。

 

あくまで<病気が入り口>で、病気のための治療、病気のためのケアが必要になったのだ。
そうなってくると、必要なのは病気に関すること。基本が病気なので、病気を治すことが第一となる。

 

ただし父の場合、直接の原因は心臓の病気だったが、複合的にあちこちが悪くなっていく。

 

となると、それぞれ専門の科でそれぞれの部位の対処はしてくれるけれど、総合的にはどこをどうすれば?という状況になる。

 

さらに病気ではあるけれど、ゆっくりではあるが、ある程度自分のことは自分でできる。

 

どんなにお医者さんや看護師さんから注意されても、トイレに行った後はシャワーを浴びなければ気が済まないとか、ほしいものは何が何でも欲しくて、買い物に出かけて数時間帰ってこないとかはあったけれど。

 

ということで、「施設は難しいと思う」とケアマネさんや看護師さんから言われた。

 

本人も元気なうちは「歳をとったら、施設で過ごす」とか言っていたのに、自由がないのは嫌だし、お風呂は好きな時に入りたいと言い続け、「要介護度4」の在宅で介護が必要な人となったのだ。


倒れた時、お医者さんからは、「いつ、どうなってもおかしくない状況。だから好きなことは今のうちにさせてあげてください」といわれていた。

 

こちらは、「その“いつ”って、いつ?」という思いを抱えながらも、病気を抱えた初老の父を介護する日々が始まった。

 

父は徐々に徐々に、何かができなくなり、何かが衰え、そしてまた別の病気の症状があらわれてくる。。。

 

そんな中、私はしつっこく、それでも施設への入居を考えていた。
だんだんと父の身心に、様々に影響があらわれてきたからだ。

 

病気の影響で昼夜が逆転していたので、夜中にトイレやお風呂を使う、テレビを見ている等、生活音がしていることは当たり前。

 

気になったことがあると、夜中でも起こされる。

 

大抵大したことではなく、ほしいものを買ってきてほしいとか、テレビやエアコンのリモコンがないとかなのだが、年に何回か、大きなことが起きる。

 

なぜだか仏壇の天井を焦がしたこともあったし、肝機能障害の影響で意識障害を起こし、トイレや廊下の電気を何度もつけたり消したり、ある時はお風呂で立てなくなって呼ばれたこともあった。

 

寝不足は日常茶飯事、病院から直接仕事に行ったこともある。

 


そんなこんなで父の介護は10年程続いたけれど、それでも仕事を辞めるつもりはなかった。

 

父の亡き後も私の生活は続く。そして、介護という状況は永遠には続かないと理解していたからだ。

 

やはり、介護だけではない、世の中とつながっているツールであり、心の支えとしても、仕事は大きなものとなっていた。

 

特に私の場合は父が旅先で倒れたと仕事中に連絡が入ったので、職場の人のほとんどが、父がそういう状態にあると知っていたからなおさらである。

 

2014年春に父は亡くなった。
改めて「仕事を辞めなくてよかった」と思っている。

 

平均寿命から言えば、まだ私には40年ぐらいの人生が残っていることになる。

 

これまでもそうだったように、これからも、仕事から得られるものはたくさんあるだろう。


仕事と介護の両立は、口で言うほど簡単ではない。

 

でも介護はいつか終わる。そして自分の人生は、その先も続いていく。

 

だからこそ介護をした人を送る時、悔いもなく、恨みもなくありたいと思う。自分のためにも。

 

●親の介護とキャリア 気になる話題

「介護離職について」

 

平成24年総務省就業構造基本調査によると、平成19年10月~平成24年9月までに家族の介護・看護のために前職を離転職した人は総計で439,300人、そのうち女性が353,800人、年齢階層別内訳では40~59歳が222,500人と全体の50.7%を占めています。

 

介護にはお金も時間も気力等様々なものが必要です。

特に仕事をしながらの介護は、精神的にも肉体的にも、大変なことも多いと思います。

時には思う様に仕事ができないことも、キャリアアップに支障が出ることも、したかったプロジェクトに携われないことも、仕事をするために介護に余計にお金を使うかもしれません。


しかし残念ながら、介護には終わりの時が来ます。

その時に仕事を辞めてしまっていたら、キャリアを途中であきらめてしまったら、どこにも所属がなかったら、どんなふうに感じるでしょうか?

負の感情ばかりが残ってしまったり、介護ロスになってしまったり。

大切な方をなくし、介護に関わる全てとの接点もなくなり、社会との関りもなかったら?

それでも自分の人生は終わらないのです。

介護を通して親の人生・生活を背負うことになっても、介護の後の自分の人生も少し考慮に入れながら、人生の何分の一かにあたる介護という時間を客観視することも大切だと思います。

 

いつかはわからない、でも自分の親に介護が必要になった時、どうするのか?

何ができるのか、どのくらいお金を使えるのか、親の居住地の介護を取り巻く状況を知っておく等々、少し先に考えておくことが、いざという時にあわてず、仕事をつづけながらの介護を支える一つの要素になると思います。

 

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佐久間 理央 さん 20141020_sakuma

POLE・STAR株式会社 ディレクター

 

大正大学大学院人間研究科修士課程修了(社会福祉学)。
私立国際武道大学、社会福祉法人武蔵野療園、社会福祉法人渋谷区社会福祉協議会等を経て現在POLE・STAR株式会社を設立。

主に福祉や生活に関する相談、コンサルティングを行っている。

 

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