前回のコラムで “自分中心に生きよう”と提案しましたが、今回はそれをもっと噛み砕いでみます。

 

“自分中心に生きる”っていうのは言い方を変えると

 “自分の中に自分の尺度を持つ(自分軸を持つ)”

っていうこと。

 

もっとぶっちゃけてしまうと、

“ワタシ、これでいいじゃん”

と、決めちゃうってことです。

 

自分の中に“ワタシ、これでいいじゃん”っていう基準があると、イイコトがいろいろ起こります。

 

“ワタシ、これでいいじゃん”のメリットその1。

他人に惑わされなくなります。

 

人がどんな仕事していようが、どんな生活していようが、それはその人の生きる道。

参考や目標にするぐらいならいいけど、「あの人に比べて自分はダメだ」なんて思う必要は無いわけ。

だってそれはその人の人生だし、その人がいいと思って選んでいること。

自分がその人と同じことをしたとしても、気持ちいいかどうかはわからん、てことです。

 

隣の芝は青く見えるとはよく言ったもんです。

でも隣の芝に憧れるくらいなら、自分の芝を青くすることに精を出しましょ。

また、他の人から見ればアナタの芝はすでに立派に青く見えてるかもしれません。

アナタだって人から憧れられるものを何かしら持っているはず。つまりお互いさまってことです。

 

 

“ワタシ、これでいいじゃん”のメリットその2。

自分に自信が持てるようになります。

 

自分に自信が持てないのは、これまでしてきたこと・今やっていることに納得できない想いがあるから。

その納得できていない想いって、何から生まれていると思います?

それは多くの場合、他人との比較が発生源。

毎日を満足して、納得して、充実して生きているように見える他人と比較して、自分の足りなさを感じて嫌気がさしたりするわけです。

メリット1ともつながりますが、そんな比較はするだけムダ。

もっと自分の人生を生きましょう。

 

これまで自分がやってきたことを後悔したって、過去をいじるわけにはいきません。

そんな過去の出来事も、今の自分を作っているパーツのひとつだと割り切っちゃいましょう。

そして、その後悔や不満足な結果を繰り返さないように、反省するところだけ抱えて前向いちゃいましょう。

これが、自分の芝を青くすることにもつながります。

過去と他人は変えられないんですから。

 

 

“ワタシ、これでいいじゃん”のメリット、その3。

自分がシアワセになる道筋がクリアに見えるようになります。

 

“ワタシ、これでいいじゃん”の感覚で生活を送っていると、毎日は比較的満足して過ごせます。

それは、自分が選んだこと、自分がしたことに納得できているから。

例え自分が選んだことが「やっちまった」と感じても、自分で選んだことだから納得しやすいし、「じゃあ、次はやめよう」と切り替えやすくなり、毎日が“濃く”なります。

 

“濃い”毎日を送っていると、「こんな毎日を続けていたら、この先も満足気味に過ごせそう」なんていう実感がわいてきて、先行きが明るくなります。

そこまで能天気にはならなくても、“ワタシ、これでいいじゃん”で生きられると、自分が何を選ぶと気持ちよくなるのかわかるので、この先どんな風にしていけばいいのかがクリアに見えてきます。

 

逆に、“ワタシ、これでいいじゃん”がないと毎日は、他人に流されまくり。

誰かの言うがまま行動した結果が良くないと「あの人があんなこと言ったから」「大事な時間を損した」などと、誰かに責任を塗りたくって、いつまでも泥沼。その感情から抜け出せなくなって、ますます時間を浪費します。

 

他人に一方的に憧れ続けたり、主体性もなく流されまくったりしているのは、“他人軸”で生きてる証拠。

早いところ“自分軸”を持って、自分なりのシアワセをつかんじゃいましょう。