シンガポールのインド人街でお買い物を堪能していた時のこと。
私は手作業で作られた、牛革のサンダルのような靴を物色していた。
これはインド人がよく着ているツーピースタイプのパンツスーツ(パンジャビスーツと言う)に合わせて履く伝統的な靴なのだけど、これが本当におしゃれでかわいい(私にはかわいく見えます・・・)。
日本だと、エスニックなお店や中華街の洋服屋さんに行けば売られているのですが、なにせ高い。
それにデザインもそんなに選べない。

シンガポールのインド人街で、私は普段の欲求不満を満たしてくれるだけの靴の数々に魅せられ、あれこれ試し履きをしながらお気に入りの一足を買うことにした。


何足か買ってもよかったのだけど、どれもサイズがまちまちで、自分にぴったりのサンダルは数足しか無かったのだ。悲しい。
履きやすいものもあったのだけど、最終的に選んだ靴は、硬くて内側の刺繍の金糸がチクチクと足の甲にささるひどいもの。
これって履いてたらぜったい血を見るわぁ、と思いつつもそのデザインにうっとりしてしまい、靴下を履いてでもいいから履いてやるっ、と固く決意してその靴を買ったのだった。


ちなみに、そのお店は薄暗くて細長い、夫婦で経営していると思われるお店だったのだけれど、ご主人であろう細い男性が赤ちゃんを抱いて店番をしていた。

靴をディスカウントしてもらおうと会話をしていると、明らかに恐妻と思われる女性が登場した。
ぜったいに値切るんじゃない、みたいなことをインドの言葉で奥さんに命令された男性は(たぶん、だけど)、悲しい笑顔でディスカウントできないぃ、、と私に言った。


まあ、安いからいいかと思いつつ、今度はその女性にヘナアート(※)を施してもらえないか尋ねた。
これはずっと昔から憧れていたことなのだけど、ぜひ手のひらにインドの模様でヘナアートを描いてもらいたいと思っていたのだ。
お店の女性に尋ねると、描いてくれる、と言う。
彼女は奥から道具を持ってきてくれた。
ヘナアートの見本帳を見ながら好きなデザインを選ぶと、女性は細いコーン型の袋に詰まったヘナで模様をスラスラと描いていってくれた。
描き終わると、レモンジュースをひたしたコットンを私に渡して、乾いてきたらこれで湿らせて、夜になったら洗い流していいよ、と言っていたようだった(ちなみに、シンガポーリアンの英語はとってもわかりづらい)。
それから、模様を描いた手をサンプルにしたいから、あなたのカメラでその手を撮影してもいいか、現像できたら送ってもらえないかと言われたので快諾した。
私はそのやせ細った弱々しい店の主人と赤ちゃんと一緒に写真を撮ってもらい(というか、撮られ)、手の写真も撮り終えると、お店を後にした。


まさかシンガポールでこんなに人と交流するとは思ってもみなかった。
普通、人は旅行に行くと誰かしら現地の人との出会いを期待するかもしれないけれど、人見知りでビビリな私にとって、お買い物がしたいだけのシンガポールでこれほどまでに人と関わるとは思ってもいなかった。
でも、必要があって触れ合ってみれば、アジア人ならではの言葉を超えた親密さや優しさがすぐに伝わりあえるような、そんな魅力を感じた。

 

ホテルに戻って手のひらをチェックすると、もう乾いていた。
シャワーで手を洗い流してみると、きちんと真っ赤な模様が描かれた手が現れた。
シンガポール旅行、最高!!!と、私は思いながら眠りについた。


翌朝、イタリアに向けてチャンギ空港へ向かうと、タクシーの中でインド系の運転手さんからヘナアートの手をとても褒められた。
インド人全員が賛成する美意識なのかどうかまではわからなかったけれど、どうやらヘナの模様は赤いほどよいらしく、ヨーグルトを混ぜたヘナで描くといいんだよ!、というアドバイスを運転手さんは教えてくれた。
それから私は日本に帰ってから、たびたび自分でヘナアートを描くようになったのだけど、ペーストを作る時には必ずヨーグルトを混ぜるようにしている。
タクシーの運転手さんのアドバイスを守って。

 

無事に、次の目的地であるイタリア行きの飛行機に乗ると、となりにオランダ人の年配女性が座った。
私の手を見て、結婚式があったのか、と尋ねてきた。

べつにお祝いじゃなくても描いたっていいじゃないかと思いつつ、独身の私は苦笑いしながら違う、と答えた。
それからしばらく会話のやりとりが続いたのだけど、私がこんなに地味に買い物を楽しんだシンガポールを、彼女は歴史の感じられない最悪な国、と酷評した。
彼女をいやな人だとは決して思わなかったけれど、同じ人間でも求めるものが違うと、同じ国に対しても感じる感想ってここまで違うんだなぁ、、、と、微妙な気持ちになったのだった。
っていうか、シンガポールに自分が魅力を感じるような歴史があるかどうか、またはそういう歴史をプレゼンテーションしてくれる施設があるかどうかは、来る前にわかるだろう、とも思うのだけど・・・。

 

そしてイタリアの旅行も終え、やっと帰って来た日本で、私のお気に入りのカメラ、PEN-II(アナログの時代のものです)で撮った写真を現像した。
真っ先に、ヘナアート写真がどこにあるのか探した結果、なんとな~くボンヤリと写った三人の影の写真と、なんとな~く黒いモヤモヤした模様の描かれた手の写真の二枚が見つかった。
おそらくこれ以外、私のヘナアートの写真はないはずだが、あまりにモヤモヤした画像のため、シンガポールの店に送るのはやめた。
っていうか、あんなにご主人に厳しいことを言ってたぐらいなんだから、写真だってちゃんと撮ってよ~~(笑)、と思いつつ。


※ヘナアート 「ヘナ」という植物の葉のペーストを使い、と肌に模様を描いていくボディ・アート