バブル景気が幕を閉じて数年、最初の「就職氷河期」と言われた時代でした。
当時、大学生だった私はアルバイトと部活に明け暮れて、あまり真面目に講義には出ていませんでしたが、それなりに充実した毎日でした。
部活は体育会系のダンス部で、毎日のように練習場に通い、ハードな練習が終わったあとは飲み会があり、朝までハシゴした日もありました。

その日も練習でたっぷり汗をかいたあと、気分上々で仲間と打ち上げに参加して、いつものようにカラオケで始発まで粘り、明け方近くに四ツ谷駅で仲間と別れました。
携帯電話もそれほど普及していない時代で、電車に乗っている間は外の景色を見ながら物思いに耽るのが好きでした。
中央線の車窓に流れる外堀の景色を何気なく見ていると、普段あまり考えない将来のことなどが頭をよぎってなんだか物悲しくなり、ネガティブな気持ちに浸っていると、だんだん遠くへ行きたくなりました。
そこで東京駅に降りたあと、なんとなく新幹線のきっぷ売場へ行ってみました。
そして路線図の「京都」の文字に惹かれたのです。

幼稚園から小学校2年生まで、父の仕事の関係で京都府に住んでいたことがあります。
京都は四季折々の自然が美しく、子供が遊ぶための場所も多く魅力あふれる町でした。
親友ができたり、弟と山や川で虫捕りをしたりして、毎日楽しく遊びました。
その思い出は色褪せることなく私の胸の中にあって、いつか大きくなったら訪ねようと、ずっと前から決めていました。

だからその時の私は、導かれるように京都へ行くことを決断しました。
まるでテレビのCMのように「そうだ、京都へ行こう」と思ったのです。
幸いアルバイト代も入ったばかりで他に用事もなく、迷う事はありませんでした。

新幹線で数時間、京都へ着きました
。旅に出るといつも思う事ですが、「行きたい」と念じている間はずいぶん遠くに感じる土地も、新幹線や飛行機に乗るとあっという間で、こんなに早く京都に来られるなら、なぜもっと前に計画しなかったんだろうと後悔しました。

計画のない旅なので、どこへ行ったらいいかもわかりません。
蝋燭の形の京都タワーを眺めながら、なんとなく歩いていくと、いつしかお寺(東本願寺)の境内に入っていました。
大きな御堂の扉が開いていて、中からお経が聞こえてきます。
覗いてみると、阿弥陀如来様のような仏像へ向かって、袈裟を着たお坊さん達がお経を唱えていました。
その後ろでは、沢山の人達が正座し手を合わせて拝んでいました。
そのまま帰るわけにもいかないと思い、私もその中に混じって、他の人達と同じように手を合わせて拝みました。
心の中で「よそ者ですが、京都に参りました。今日はよろしくお願いします」とご挨拶をして、またそっと抜け出しました。

そのあとは清水寺に行きました。
京都と言ったら清水寺、という単純な発想でしたが、修学旅行で来たときに清水の舞台から撮った一枚の写真が印象的で、同じ景色を見たくなったからです。
お寺へと続く参道では、舞妓さんの格好をした女の人とすれ違ったり、お店ではしゃいでいる修学旅行の学生がいたりしました。
よく晴れた日で、清水寺からの景色は絶景でした。
お清めの水で手を洗ったりしたあと参道に戻り、せっかくきたのだから何かお土産をと、まんじゅう屋で「これを下さい」と言おうとしたら声が出ない事に気がつきました。

どうやら前日のカラオケで声をつぶしたらしく、どう頑張ってもかすれ声しか出ないので、仕方なくジェスチャーで伝えることにしました。
お店の人は外国人だと思ったのか、やけに親切にしてくれました。

そうしてやっと参道の坂を下りてくると、ふもとに小さな雑貨屋があったので入ってみました。
硝子の釉薬がかかった花柄のお茶碗があったので、素敵だなと思って見ていたら「いかがですか?」と声をかけられ振り向くと、お店の人らしき男性が立っていました。
甚平を着て草履を履いたその人があまりにハンサムで、ハッと一目ぼれをしてしまったのですが、何しろ声が出せません。
仕方なくまたジェスチャーで「これを、ひとつ、ください」とやると、何か憐れむような表情で私を見てそのお茶碗を手に取り、会計と包装をしてくれました。
素敵な出会いでしたが、なんだか騙したような気分になり、今でもモヤモヤしています。

たった一日でしたが、最後にきれいな夕焼けを見て、また新幹線で帰りました。
その気になれば新幹線でいつでも来られると思うと、少し元気になりました。

思い出に残る旅でしたが、朝まで飲み会とか、いきなり旅に出るとか、学生だったからこそできる若気の至りです。
ただ今でも、ときどき急に京都へ行きたいと思う事があります。
きっと京都という町は「そうだ!」と思い立ってすぐ行きたくなるような、不思議な魅力があるのだと思います。

 

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