怖いよ~。
誰にも聞こえない様に小さく呟く。
見送りの友達に別れを告げ、手荷物検査の列に並ぶと、いよいよ一人なのだと実感し、僅かに視界すら滲んでくる。
初めての一人旅。
国内ですら一人旅などしたことがない私が、なんと1年の長期一人旅を計画してしまった。
イギリスのスコットランドとイングランドを1年かけて巡る、名付けて「フウーテンのイギリスワーキングホリデー」
旅の計画を練ったり、資金調達の為働いていた時はワクワクしかなかったのに、いざ空港に来たら怖気づいているなんて…情けない…
日本語が通じない世界で自分は生きていけるのだろうか?
1年後自分がどこで何をしているか、この1年どんな生き方をしたいか、英語は話せるようになるのか?
そんなことを考えていたら、あっという間に経由地のフランクフルトに着いていた。
フランクフルトからは見たこともない様な小さなプロペラ飛行機に乗り換えて、最終目的地のスコットランド エジンバラに向かう。
あれ、機内放送に日本語がない。
それはそうだ。ここはもうドイツ。日本発の便と違って案内は全て英語かドイツ語。
周りは全て外国人(ドイツにいる時点では私が外国人なのだが…)いよいよ日本語が通じない世界に入り込んだのだと感じた。
「ハロー」
一人旅史上初めて聞いた英語は、隣の席の天使の様な外国人の女の子の挨拶だった。
短いフライトの間、少しでも英語に慣れようと私は一生懸命名前や出身地を訊いた。
名前や出身地以外にもいろいろと話してくれたが、残念なことに私が理解できたのは彼女の名前はヘレンということと、お母さんと一緒にエジンバラに帰るらしいという事。
「グッドラック」
エジンバラに着き、別れ際に彼女は私の旅路を祝してくれた。
なんだか、一人旅なのに一人ぼっちじゃない気がした。
エジンバラに着いたら、噂の雨の洗礼を受けるだろうと半ば期待していたが、期待に反してそこそこの快晴。
事前に手配していた出迎えで、ホストファミリーの家になんとかたどり着く。
初めての時差ボケにぼんやりしながらホストマザーに教科書どうりの挨拶をし、その日は早々に寝てしまった。
翌日からは早速語学学校へ。
日本人が少ないとは聞いていたけど、まさかスイス人ばかりの学校だとは聞いていなかった。
右も左もハイジとペーターのような顔をした美男美女が闊歩している。
英語学習へのモチベーションがこの時点でかなり上がった。
早くこの美男美女と仲良く話せるようになりたい。
日本人は文法が得意だが、会話が苦手とよく言われるが、文法もすべて日本語で習ってきたので、突然Past perfectなどと言われても何を自分は今勉強しているのかわからない。
授業の中盤になってようやく今関係代名詞について勉強していることがわかったり、今日はやたらwillを使うなぁ、などとのんきなことを思っていた。
とにかく授業の内容と宿題と、夜の飲み会の待ち合わせを間違えなく理解する事が目下の目標だった。
飲みニケーションは万国共通だ。
お酒の力を借りてとにかく話した。日本の事、好きな映画の事、恋バナ。
涙の数だけ強くなれるとはよく言うけれど、笑った数だけ英語は上手くなると思う。
オーストラリアやカナダの様にワーキングホリデーで来ている旅人が少ないイギリス。
語学学校在学中に先輩のコネを使ってどこかで働かせてもらうという、ワーホリ王道の技が使えない。
何しろ語学学校ではバイトをしている人も、卒業して仕事を見つけたという人がいなかった…
ならば、と現地発着のスコットランド一周ツアーに参加し、気に入った場所で仕事を探すことにした。
フーテンの寅さんの様に気ままに住む場所を決め、住み込みで働きたい。
そんな淡い期待を持って参加したツアー。
スペイン人、オーストラリア人、ドイツ人混合の賑やかなバスツアーまるで修学旅行のようにはしゃいだ14日間。
英語なんて半分もわからなかったけど、日本人一人っきりの環境に慣れ、つたない英語でもどうにかなると変な自信をつけてしまった。
バスツアーの後、気になっていたフォートウイリアムズという町に行くことにした。
いや、行こうとしたのだが、バスがなぜか来ない。
バス停でじっと待つ私の前に一台のバスが現れた。
フォートウイリアムス行きかと思いきや「オーバン」行き。
早速ガイドブックを調べたら、小さなウイスキー工場がある港町だと書いてあった。
ウイスキー工場や、港を目当てに観光客も多いはず!
急遽フォートウイリアムズ行きからオーバン行きに予定変更。バスにそのまま飛び乗った。
こんな身軽さ、一人旅でしか味わえない!
緑の草原と、静かな湖を眺めながらバスはスコットランドの奥へ奥へと突き進んでいく。
いよいよ私の本当の一人旅が始まった。
私はこの旅で人生を変える…
来年の私。25歳になった私、楽しみに待っていて。